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建築家
安藤忠雄さん

今回のゲストは世界的な建築家の安藤忠雄さんです。建築界のカリスマと呼ばれる安藤さんは、これまでの人生と建築を語った初の自伝「建築家・安藤忠雄」を新潮社から出版されました。
気になる安藤忠雄さんの設計費
菅原:
「住まうとは時に厳しいもんだ。自分に建築を頼んだ以上、あなたも戦って住みこなす覚悟してほしい。」ってこれは今でもおっしゃるんですか。
安藤:
だいたいね。建物作る人は私の前の仕事を見てきてるでしょう。だから、かなり覚悟してるとは思いますけどね。
菅原:
やっぱり、建築家に頼むというのは一生に一回。名のある人に頼んだらきっとすごく高いだろうと私たちは思うんですけど、そういうお金の話とかは普通なかなかこっちもしにくい、そっちもしにくいというようなタイプの仕事だと思うんですけど、そういうのって一般的な代金と先生に頼む代金ってすごく違いますか。
安藤:
これはね、普通だいたい住宅というと、今でいうと3、4000万円くらいの住宅を依頼されるわけですが、すべての設備工事とか構造とか設計して、だいたい10%だといわれてるんですね。10%だと言われてますが、若い人でも10%。我々でも10%。
菅原:
未だに10%でやってらっしゃるんですか。
安藤:
いっしょですね。
菅原:
それはびっくりですね。
安藤:
で、私たちが30数年前にはじめた頃と同じなんですね。これは建築手法でだいたいのパーセンテージは決まってるんですけどね、我々も若い人もいっしょなんですよ。
菅原:
それはなんか、私達は建築が3000万だったら同じくらいとられるのかなって。
安藤:
うーん、それと大阪の人は厚かましいから(笑)例えば3000万円の家を造るけども「安藤さん設計料は3%くらいにしろ」とかね。

菅原:
(笑)
安藤:
いろいろ言うてきますよ。「3%ではできないぞ」と。

菅原:
10%でもできないじゃないですか。建築としてそれだけのキャリアを積んだ、アメリカだったら全然違うんじゃないですか。
安藤:
アメリカはね、異常に高いと思います。私、大阪人ですからね。買った人が損をしたというのは困るという気持ちがあるので、30年前から現在まで値段はいっしょだと。パーセンテージはいっしょだと。

菅原:
そんなこと言って、みんな殺到しちゃうといけないですね。
安藤:
これはなかなかね、建物というのは覚悟がいりますからね。そうは来ませんけどね。ただ、大阪に事務所があるのに、いろんなところから人が来ますね。例えば「千葉県で講演会しろ。」と言うんですよ。「講演料と交通費と宿泊費を込めて5万円でお願いします。」と。「ボランティアでしてくれ。と言ったほうがいいんじゃないか。」と言うと、「いや、うちにもプライドがありますから」と(笑)。そういう人けっこういるんですよ。

菅原:
大阪の人が言うならわかるけど千葉の人が言うんだったらちょっと笑っちゃいますね(笑)
安藤:
多いですよ。そうかと思うと、家を建てたい。実は家の前に大きな大木があると。建てにくそうだけど安藤さんなら建てられるという人がいるというので、頼まれるんですけども。「実は相談がある。お金はないんです」と(笑) そういうのがけっこう来たりね。

この間は白銀に聖心女子学園、そこの100周年記念館を作って完成したんですが、「これは敷地がない。建てられますか。」と。見に行ったらないんですよ。建てられる余地が。どうするかなと。ちょうど体育館二つあって、一つはプールだったんですけど、その大プールの屋上に作りました。大プールの屋上に作ってみると、大きなプールですからテラスがものすごい大きなものとれると、その上に空中の100周年記念ホール。これはやっぱり空中になったのはたまたまあったプールの上ですから。おもしろいじゃないですか。空中の100周年。空中のシアターを作りました。

 

安藤忠雄

昭和16年大阪生まれ。独学で建築を学び、昭和44年に安藤忠雄建築研究所を設立。昭和54年日本建築学 会賞、昭和60年アルヴァ・アアルト賞、平成元年度フランス建築アカデミー大賞(ゴールドメダル)など。瀬戸内海の破壊された自然を回復させるため中坊公平氏と共に「瀬戸内オリーブ基金」を平成12年 に設立。アメリカイェール、コロンビア、ハーバード大学客員教授歴任。平成9年から東京大学教授、 現在、名誉教授。